もはや至るところでミューザックとして聴くことが出来、それはまた有線におけるへヴィー・ローテーションに食い込んでいるからなわけで、語りうることはその一瞬で出尽くしてしまったのではないのだろうか、とすら思われるperfumeについて、あえて文章を綴ってみたい、という欲求に駆られ(そしてその欲求は動画サイトで一躍話題になった当初からあった)、いまここに彼女達(及び彼)へのいくらかの言及を行なってみたい。そもそも僕はperfumeという存在に対して熱狂的な崇拝者、というわけでもまた多少の好意を抱いている、という感じでもない。そういった意味で多少は「外部」的な視点から眺められるのではないか、そしてそれは曲りなりにも思考的な面白さというものを含有するのではないか(日本語が少しおかしい)、という個人的発案によりこの行為に至っている。「外部」なんて言葉を使うのは、あまりにポスト・モダンな、80年代を思い出させる柄谷風の言い回しで辟易してしまうかもしれないものの、ただperfumeを語る際に、80年代のポスト・モダンというワード、及びその「80年代」という感覚がひどく重要に思われるのである。80年代に生まれた僕が言うのも何なのだけれど。
perfumeの音楽は、一言で要約すれば「テクノ・ポップ」ということになり、またその言い切ってしまったかのような要約が何の違和感も持たないが特徴である。「テクノ・ポップ」、それはYMOという80年代のある側面における音楽的象徴を通過して、90年代という「失われた10年間」に多様な引用と消費を繰り返された末、徐々に「音楽」という場所から後退していった音楽の名称である。それは様々な名称の変更を繰り返し、常に「音楽」の表層へと蘇った音楽である。それはあるときは「シブヤ系」と称され、あるときは「ブレイクビーツ」、または「レイブ」といった瞬間的な輝きに迎合し、その姿を常に現し続け、そして消えていった。そして世界は徐々に「テクノ」という音楽を「エレクトロニカ」と言う呼称に変更させ、80年代から90年代にかけて一世を風靡したかのように思わせた音楽を「音楽」の表舞台から徐々に抹消していった。
ここで、ほとんどイメージの語りに類するものになるが、「テクノ」と「エレクトロニカ」の音楽的差異を示しておきたい。時代を追って話していけばこのイメージはより鮮明になる。簡潔に述べていこう。まず「テクノ」にしろ、「エレクトロニカ」にしろ、その源泉的なところを辿ればおそらくドイツのジャーマン・ロックシーンに辿り着くだろう。確かにそれ以前の電子音楽、例えばイアニス・クセナキスやジョン・ケージといった現代音楽家たちの存在も考慮に入れるべきだ、という反論が返ってくることは当然予想されうる事態ではあるのだが、しかし、彼らは前記したように「現代音楽家」なのである。ジャーマン・ロックシーンの音楽家達が彼らのような「現代音楽家」に影響を受けていることは確かであるが、それは明確にここで言う「テクノ」や「エレクトロニカ」ではなく、そのバックグラウンドにあたる、いわば「要因」とで言うべき存在であり、直接的ではない。
そういった意味で「テクノ」や「エレクトロニカ」の元祖に当たるのはおそらくクラフトワークやノイ!ということになるだろう。もしくはクラスターやハルモニア、など。彼らの時点では「テクノ」と「エレクトロニカ」の音楽的差異は明確では無い。まあ元祖であり、源泉ということになるのだから当たり前なのだが。その差異が明確に浮かび上がるのは、彼らの音楽に共振し、自分達の音楽を新たに模索し始めた80年代の音楽家達の登場まで待つ必要がある。それは海外ではウルトラ・ヴォックスやデペッシュ・モードといったニューロマ系ニューウェーブ、もしくはセカンド・サマー・オブ・ラブという退廃的享楽状況を作り上げたニューオーダーらの存在であり、日本では完全に突出して登場したYMO、といった音楽家達である。彼らの音楽はここで述べられる「テクノ」である。「電子音楽」という、音楽へのテクノロジーの導入が生み出した新しい(ように見えた)スタイルに、「ロック」という大衆消費的媒体のイメージを盛り込んだものである。いわば音楽における「演劇性」、もしくは挑発的過剰さであり、もっと簡素に言い切ってしまえば「スター性」の導入である。確かにクラフトワークらジャーマン・ロック勢もロックの導入を行なったものの、それはあくまでも純音楽的要素という側面が強く、コマーシャリズムによる大衆への挑発、及び煽動という、「スタイル」的な部分を強調しなかった。80年代では逆に、「電子音楽」をスタイルとして受け取ったのだから、厳密に言えばジャーマンロックの逆転である。
彼らの意匠を受け取ったまま、90年代へと音楽はなだれ込み、世界的には一瞬完全にグランジロック、及びオルタナロックという先祖がえり的な音楽が「テクノ」を押し潰したように見えたが、あっという間にテクノはその勢いを取り戻す。それが「ブレイク・ビーツ」というヒップホップのリズムを大胆に取り入れたケミカル・ブラザーズや、トランス、及びレイブの爆発的な流行を引き起こしたアンダーワールドの登場によって「テクノ」は時代の象徴へと舞い戻った。この時点で「テクノ」はさらにロック性を、つまりスター性と享楽性を強め、電子音楽とロックはほぼ並行的にこの時代を疾走していたのではなかっただろうか。それはある「憂鬱さ」への反動として暴発していたように思える。ちなみにこの「テクノ」を同時代的に享受した世代は今、「ワーキング・プア」といった閉鎖的な憂鬱と貧困に怒り狂っている。
その「テクノ」も、「憂鬱の時代」でもあった90年代が終わるにつれて、「エレクトロニカ」という呼称だけをあたかも変えた、という印象をもたれがちな音楽へと取って代わられていく。しかしそこには明確な音楽的差異が存在している。「テクノ」は「ロック」との親和性が高い音楽であり、ロックと寄り添うように生きてきたといっても過言ではないが、「エレクトロニカ」は「現代音楽」との密接さを強調するものである。「エレクトロニカ」の中に、ロックはほとんど見出せない。見出せたとしても、それは純音楽的要因だけであろう(こういった意味では「エレクトロニカ」は先祖がえり的ともいえる)。それはとても時代的な要因があり、我々はもはや享楽しなければやっていけないほどの憂鬱に感化されず、またその憂鬱を「踊り」に行くこと(=享楽すること)によって晴らそうという計画も立てない。もはやクラブの形態そのものが変化し、享楽を求めるのはノスタルジアの住人に(一瞬でも)なりたい人たちの特権になったのではないだろうか。レイ・ハラカミのどこに、我々は憂鬱の忘却を、享楽への歓喜を、感じることが出来るであろうか。
確かに少し強引過ぎるきらいはあるものの、「テクノ」と「エレクトロニカ」の差異はこういった感じであろうか。ではここでperfumeの方へを話を戻そう。しかし戻すには、もう少し日本における「テクノ」の歴史性(?)と平行して話していかなければならない。そしてそれはまた、おそらく「消費」というひどく80年代的なスノッブのタームを伴うものである。
80年代におけるYMOの存在、そしてその電子音楽=テクノ・ミュージックのインパクトはかなりの絶大さとポップ性を時代に寄与したものであり、そのスタイルは大衆的なポップの世界で激しく模倣されていく。そもそも「テクノ」自体が電子音楽のスタイルの模倣であるので、この時点でかなりの重層的なスタイルの模倣が行なわれていることになる。その巨大な影響下にあったのが「アイドル・ポップ」である。80年代はテクノ・ミュージックの時代であると同様に、アイドルの時代であった。この点に関してはあまりに詳しくは知らないものの(何せこの時代に対して感覚的には平行に生きていないので)、アイドルはあらゆる意味で「対象」であった。アイドルは批評家によって「記号」にされ、そしてその記号性を強調するかのように彼女達(彼ら)の歌う音楽は記号的な音楽=機械的な音楽、テクノ・ミュージックのスタイルを引用して作られるものが多かった。根本的にテクノ・ミュージックとは「身体」という場所性から乖離し、「機械」という状況下に置いて鳴らされる音楽を志向したものであり、それはクラフトワークの音楽においても明らかである(彼らは「我々はロボットである」、と曲中で謳っている)。つまり彼女達をテクノ・ミュージックに放り込むことによって、彼女達は「アイドル」という名の「記号」へとより強く還元され、多くの「ファン」(=消費者)によって記号的に消費されていった。アイドルとして消費されていった少女達はそれこそ山のように存在し、また消費され切らずすぐに捨てられていったアイドル達もそれと同等に、山のように存在したことからも、この時代はまさに「大量消費の時代」であったのだろう。
このポップにおける「テクノ」の過剰なまでの導入というのが日本では終わることが無く、「大量消費の時代」が終わった90年代には「シブヤ系」という陳腐さとかキッチュさといった、安っぽい感覚を逆に売り物にした後継者達が状況を維持し、そしてそれはやはり世界と同時進行的に「テクノ」の爆発的復権へと繋がっていく。とても個人的な観点からなのだが、日本は世界でこの状況にもっとも反応した国の一つでは無いだろうか、と感じている。過剰なまでに日本はこの潮流に迎合し、そして世界において衰退していくこの潮流に対して、日本はまだ、そう今現在ですら「終わり」を感じていないように思われる。そのように「終わり」を感じさせない理由の、最も明示的な一つがperfumeの成功ではないだろうか。最初に述べたように、彼女らの音楽はまさに「テクノ・ポップ」であり、それは「音楽」の表層から消えてしまいつつある音であるのだ。しかしそれが、何の違和感も無く、諸手を挙げて受け入れられる。この状況は一種の歪さがある。
ダフト・パンクという、時代遅れとしか思えないクラフト・ワーク〜YMO直結のテクノ・ミュージックを鳴らし、未来的なイメージを創出するために時代遅れも甚だしいまでの松本零次のイラストをジャケットに採用したフランスのテクノ・ユニットが、あれほどまでに激しく、日本の一般大衆にまで受け入れられたとき、日本人には何らかの、「テクノ」そのものに対する郷愁のようなものが存在しているのではないか、と感じた。それは「テクノ」というプリズムを通して見える80年代の「大量消費」という名の郷愁へと繋がるのでは、と感じたのだ。そしてそれは、その時代を実際的に体験していない僕らの世代にまで、連綿と受け継がれてしまっているように思えてならない。「テクノへのノスタルジー」、言いにくいので「テクノスタルジー」とでも略してしまえそうなものが、何らかの形で日本人大衆の中に存在しているのではないだろうか。
それを感じさせるのもまた、perfumeなのである。彼女達は、秋葉原という局地的な大量消費地域において、徐々に有名になり、そして彼らとその周辺が主にその「場」を繁栄させている「動画サイト」においてその人気が一気に一般化するレベルまで達したことを考えても、彼女達はその「テクノスタルジー」の幻影の集約とでも言えるのではないだろうか。事実、秋葉原の現状はまさに80年代の都市のイメージそのものである。様相は違えど、「なんとなく、クリスタル」という退屈な物語の2000年代バージョンである。またperfumeの音楽は過剰なエフェクトと音楽そのものの非身体的なイメージによって、かなり記号的な印象を与える。実際、ヴォーカルはテクノロジーによって激しく加工され、その原形はかなり想像に難いレベルまで改変されている。つまりたとえ彼女らが歌っていなくとも、聴衆である我々には何の問題も無く、ただ視覚的に「彼女達」という「記号」が歌っているというイメージを植えつけられれば良いだけ、という感覚なのだ。「彼女」という「記号」、つまり「アイドル」という「記号」(実際にperfumeはアイドルであるが) が氾濫していた80年代と全く同じ様相である。
ここで、これとほぼ同じ受け止められ方を要求するものを思い出す。「アニメ・ソング」である。僕は以前、「アニメ・ソング」と「80年代のアイドル・ソング」が同じ構造化にある、と論じてみたのだが、その点でも完全に合致してしまう。つまり、ここで簡潔に言い切ってしまえば、perfumeは一般大衆にも受ける「アニメ・ソング」、ということになる。実際に、「アニメ・ソング」も異様なまでに「テクノ」のイメージを導入している(言い換えると、とても時代遅れな手法を採用している、ということにもなるが)。ただ問題は、オタクとそれに類する人々が迎合している、俗に言う「アニメ的図像」に耐えられない人々に対して、「人間」という「身体的図像」を提供することによって、あっさり受け止められてしまった「アニメ・ソング」ということになる。実際、『チョコレイト・ディスコ』というperfumeの曲は、断片化するループメロディという点でも、想像的ノスタルジー、つまりはありもしない、もしくはあり得ることすら怪しい青春を想像的に喚起してみる=マンガ/アニメ的ノスタルジー的な物語を構築する歌詞といい、個人的には「アニメ・ソング」との差異を全く見出せない代物である。というか身体から非身体へ=機械的身体へ、という流れを汲めば最近大流行の音声ソフト、「VOLCALOYD初音ミク」とperfumeの差異すら怪しい。
90年代という時代に局地的に栄えた「テクノ」導入型ポップ・ミュージックを「シブヤ系」と呼ぶならば、perfumeはそのまんまだが「アキバ系」とでも誰かが呼び出すのだろうか?しかしこの呼称はすでに存在し、ある一定の人々を指すのに用いられているので使われないだろうか(しかし実際にperfumeの「ファン」の多数はその「一定の人々」でもある)。そもそも彼女らのプロデューサーが「シブヤ系」に対して異常なまでに執着しているように思えるので満更でもないのかも知れない。というか彼自体が「テクノスタルジー」において代表される住人であろう。まあ本当のところ、こんなことはどうでもいいことなのである。ただ、あたかも時代が円還構造を持っているかのように、今現在の社会構造が80年代の社会構造の映しのように感じられる、というような議論があらゆる場所で行なわれ、80年代にボードリャールの転用によって作られた大塚英志の『物語消費論』を論じ直したかのような『動物化するポストモダン』を書いた東浩紀が今や若手批評家の最前線を突っ走り、80年代に起こった「ロリコンブーム」が2000年代に入り、少し形態を変えて「第二次ロリコンブーム」として再び姿を現した、という現状を考えると、perfumeの成功も本当はセンセーショナルでも、違和感があることでも無いように感じる、ということを言いたかっただけである、多分。
しかし、ケミカル・ブラザーズやダフト・パンクといった享楽型テクノ・ミュージックを結果として面白く感じることが無く(つまり「クラブ」という場に関心が行かない)、またYMOの音楽に退屈さしか覚えることの出来ない僕としては、この「テクノスタルジー」というある種の病理から早く日本は脱出してくれないか、と感じるばかりなのである。享楽的音楽の最大の問題点は、無論スター性の強いロックの含めて、最終的に一方通行な関係性に終わってしまうというコミュニケーションの退屈さにあるように思う。「消費」を中心にしてしまうような、つまり双方が「消費」し合うという消耗戦のような関係性で無く(この関係性はいずれ破綻する)、相互関係の構築を目指す何かがもう少し台頭しても良いような気がする。この考え方は少し理想的過ぎるかもしれないが。


